今年最後の里山帰農塾 第41期「3・11後、理想の家に住む」を11/4(金)~6(日)に行なった。

参加者の年代は30代、40代、50代、60代と幅広く、職種もIT会社の社長、元大手広告代理店、大学教授夫妻、OL、元大学講師、元ナース、畜産関係の県職員とバラエティーに富んだ受講生が集まった。
年齢、性別、職業を超えた人々が活発に意見を交わし、これからの社会、そしてこれからの人生を見つめる場となりそれぞれ大いに刺激し合い、熱気あふれるとても楽しい塾となった。
開校式に参加した登紀子さんは、先月出版したばかりの僕との共著「スマイル・レボリューション」について熱く語り、受講生もしょっぱなから熱気あふれる議論を交わしかなり盛り上がった。
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秋の里山帰農塾「3・11後、里山コミュニティで暮らす」を終えました。

今回の参加者は8名でほとんどが40代だった。内訳は30代1名、40代5名、50代1名、60代1名だ。そして、半数はリピーターである。

経営コンサルタント経営者、広告代理店勤務、元大学の講師、元OL、看護婦を定年された方、元広告代理店・・・と大都会の第一線で活躍している方々が、近代文明の象徴である都市生活から、視線を真逆の「土」に向けたのだ。

それは何を意味しているかというと、やはり3・11に起きたフクシマの原発事故に近代文明の限界を嫌が上でも見せつけられた市民の意識変革が急激に起きているというコトだと思う。

塾長の高野孟さんには「地域コミュニティが日本を立て直す!」と題し、共同体の新しい姿と可能性について講義して頂いた。

共同体はかつて「前近代的な土地への隷属」とされ軽蔑的に捉えられて来たが、それから100年後「自立した自由な個人が織りなす社会」となるはずが、「孤独、孤立、不安、行き詰まりに陥って、それに代わって関係性、共同性、結びつき、利他、コミュニティ、そして共同体が未来に向けた言葉として使われるようになってきた」と、3・11後の日本の里山コミュニティの再評価をされた。

農文協の甲斐良治さんは、農村の水力発電についての興味深いレポートをして頂いた。

昭和初期、日本は元々各地域で発電をしていた歴史があり、現在の様に電気を電力会社が独占するのは1950年代の原子力平和利用という名目で、時の政治家たち正力松太郎、中曽根康弘、田中角栄が日本の原子力政策の基礎をつくってからだ。日本は、国土の多くは森林であり水の豊富な国である。この国の地域資源を最大限に活かしてその土地に適したエネルギーを選び、地域でエネルギーを創っていくことは可能なのだと思う。農村力発電とは、まさに原発と真逆の方向であり、希望のエネルギーなのだ。

「私の半農半X」の講義は、今回僕の話だ。

僕は東京で様々な仕事を経験し、アメリカ、アジア、ヨーロッパを放浪し、日本の農村をまわり、最後に鴨川へ辿り着き、ここで自給的な農的生活を始めた。
誰も知り合いのいない農村コミュニティに飛び込み集落に溶け込み、地域通貨「安房マネー」を立ち上げ住民のネットワークをつくり、集落の長老と共に都市農村交流をやり、3・11後は地元住民と新住民と力を合わせ大山支援村という東北支援の活動を始め、とここでの新しい里山コミュニティづくりについての話をさせてもらった。

また、今回は僕の住む集落の長老であり僕の百姓の師匠のかやお勉さん(84才)に来てもらい村での暮しを話して頂いた。戦前の電気と石油がなかった頃の暮し、貨幣経済や就職がなかった時代の農村コミュニティの時間の流れ、里山の自給自足生活の文化やライフスタイル、戦争体験、そして戦後の高度経済成長から村に若者がいなくなった現在の農村、炭焼き小屋の復活や棚田オーナー制を通しての都市農村交流等々、話は多岐にわたった。

最終日には僕や長老が暮らす集落へ訪問し、炭焼き小屋や棚田オーナー制の見学、さらにかやおさんのお宅にもお邪魔させてもらい、奥さんの時代さんにも話を伺った。僕は図々しくも、奥さんに嫁いでから60年が経ちますが幸せですか?と尋ねると、ケラケラと笑いながら恥ずかしそうに「あんでよう、まあ、こうして健康で生きていられるんだから、まあ幸せでしょううよ。」と話してくれた。

里山の南斜面にあるかやおさんのみかん畑、果樹園、野菜畑、棚田、そしてきれいに手入れをされた庭と古民家に整理された納屋、どれをとっても公園のように美しいのである。本当の百姓とは、こういうことなのだと感動する。

暮らしそのものが仕事であり、美であり、創造なのである。心の美しさが、仕事や農地、家や庭に隅々にまで現れている。とにかく、かやおさんの暮らす生活空間は美しいのだ!僕もいつかこんな百姓になりたいと思っている。それは、技術だけではダメなのだと思う。内面も磨かなければ、それは達成出来ない。だから、百姓という生き方は深いのだ!

また、かやおさんのみかん畑を数年前から半分受け継ぐこの地に移住したたけちゃんにもここでの暮しを話してもらった。東京のサラリーマン生活を14年前に見切りをつけ家族で鴨川に移り住み、田んぼ、みかん、植木仕事、里山生活お助け隊(若い移住者たちでつくった農村の何でも屋グループ)と自分で仕事を仲間たちとつくり鴨川で自給生活を送り、サラリーマン時代に比べれば遥かに現金収入は落ちたが「僕は、幸せです」ときっぱり言い切るたけちゃんの言葉も、真実味があり感動的だった。

また、実習では畑にらっきょうやアサツキの球根を植え、そして5月の帰農塾で田植えをした田んぼの稲刈り、さらに鶏の解体(これは、強制では無いので参加出来ない人は無理にしなくても良い。)を行なった。講師には南房総市(旧三芳村)で新規就農20年目の大ベテラン渡辺和彦さんにお願いした。丁寧な渡辺さんの指導に従い、みんな勇気を持って鶏の命を頂いた。肉を頂く現代人は一度は経験した方が良い体験だと思う。これを体験すると肉食に対する意識が変わるだろう。

今回も大変盛り沢山の内容で、受講生にとって印象に残ったシーンが数々あることだろう。2泊3日の凝縮した里山体験を、自分の中でゆっくりと整理するまで「心の作業時間」が必要かもしれない。

しかし、参加者のこれからの生き方のヒントをそれぞれが持ち帰ったことだと思う。

受講生のみなさん、3日間お疲れ様でした!

それでは、良き旅を!
また、里山でお会いしましょう!

林良樹

7/16〜18に行なわれた第38期 里山帰農塾が終了した。

ジャガイモ掘り

 今回のテーマは、「3・11後の自給自作生活」だ。

今回は参加者13名、男性6名女性7名のにぎやかな塾だった。年齢も30〜40代が半数以上と、2000年から始めた時とはすっかり世代交替して来た感じである。やはり、3・11後の影響がじわじわと出て来ているのだろう。
以前から都市生活に疑問を持ってはいたが、いよいよ動き出そうと勇気を持ってまず一歩を踏み出したという方が多かったように思う。また、具体的に新しく農的生活に向かう準備を進めるリピーターの方も6名と多かった。

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