帰農塾 参加者 レポート 
KINOUJUKU SANKASYA REPORT
11月16日〜18日 里山帰農塾 冬  
季節に合わせたくらし
2007.11.18 更新日 2007.11.22



鴨川自然王国を訪ねて
Y.G

 気持ちのいい三日間だった。何か身体で学ぶことをしてみたいと思い参加した帰農塾であったが、王国に着くや否や目に飛び込んできた焚き火を見たときは、心がスーッと休まる感じがした。
 炭焼きもそば打ちも間伐も、初めて行う新鮮なものだったが、何よりもおもしろかったのは違ったバックグラウンドを持った参加者、スタッフの方々との交流だったように思う。農は何も百姓のことを指すのではなく、半農という言葉があるように都市の生活をより充実にさせるものだ。都市と農村という分け方でなく、都市が農に学び今の問題に取り組んでいくことが必要なのだということがわかった。
 自分の知らないところで多くの動きが起こっている。身の回りでできること、その働きを知ることから始めようと思った。
 自然王国のスタッフ、参加者の方々、三日間本当にありがとうございました。


自然王国に来て
M.T

 農的生活、自給自足、ロハス、田舎暮らし…。どれもピンとくる言葉ではありませんでした。でも知ってから知らぬうち、自分が選ぶ際にいつも判断軸となっていたものは、そのどれにもつながっている気はしていました。根本で自分が魅かれるのは、農業をやってきた祖母のもつ存在感そのものであり、どうしたら祖母のもつそれを自分に身につける事ができるのか、何を吸収すべきなのか、だけを自分なりに追い求めてきたと思います。しかし気づけばいい年になり、子供もいない訳で、ごくささやかな願いのつもりでいた祖母の様に、という望みに「子育て」は絶対に欠く事のできないものだと思っていた私は今もどう暮らしたらいいのか、わからずにいます。けれど今回の帰農塾でも近い世代の方が始めている様々な活動のお話を聞き、その中に自分と同じ心の要素を感じる事ができました。そして自分が価値観でも暮らしとしては反面教師としても影響を受けているであろう親と、同じ世代の方々と気持ちを少し共有できた様に感じました。自分、親、祖母という3世代は、私にとっては夢への階段の象徴のようにも、又、つながりたい都市的、農的な暮らしの象徴にも見えます。そのつながりを意識しながら、自分を生かせる道を見つけていきたいと強く感じました。


ひょんなことから「自然王国」
NN Hikkie

 遠くにたおやかな山並み、眼下に田畑、まぎれもない日本の原風景を残す鴨川自然王国へ到着したのは一昨日でした。トイレは様式で宿泊所も清潔感があり、ここでの3日間の生活は順調にすべり出しました。しかし、私にとって何よりも一番印象深かったのは「食事が何ともおいしい」ことでした。素材のほとんどが、自前であることを聞き、定年後の第二の人生をぼんやりと「いなか暮らし」に求めていた私は、自分の考えがそんなに間違ってはいないことを直感しました。
 ここ自然王国への参加はひょんなことから決まりました。農業に全く無縁な私は、定年後のいなか暮らしの準備をそろそろ始めたいと思っていました。ある日、チャンネルを回していると、たまたま自然王国を紹介する番組が放映されていたのです。さっそくネットで調べ、ここへたどりつきました。カリキュラムは座学と炭焼き、そばうち、玉ねぎなどの体験に分かれています。それぞれの内容についての感想は次回以降の機会にゆだねたいと思います。今回は、自然王国の帰農塾に参加して得た以下の2点についてのみ述べたいと思います。講師の生き方の講義を聞き、いなか暮らしに完全に移行する前にいなか暮らしと都会暮らしの半々の生活がありうるということに気づきました。このことで私の定年後の暮らしがかなり実現性をおびてきました。もうひとつの重要なことはいなか暮らしには「人とのつながり」が不可欠だということを知ったことです。今後も是非継続して参加することで、何かをつかんでゆきたいと考えています。


帰農塾に参加して U
A.N

 二回目の参加でした。前回(7月)の心地よい余韻が鳴りやまず。さらに良い音色を求めての参加でした。期待どおり、私の好きなアコースティックな良い響きを聞かせていただけた事にまず感謝いたします。
 行き過ぎた経済は社会をダメにする。甲斐さんの言葉は今回一番印象に残りました。大量生産、大量消費はいったいどこまで行くのでしょう。企業が利益を得る為、より安価な物をより多く売る為のごく当り前の原理でしょうが…疑問です。人が手間暇掛けた自分で納得したものであれば多少は効果であってもよいと思うのです。もし自分には高価すぎて手が出なければ我慢すれば良いだけの事だと思う。物が有り余り過ぎている。危機感さえ覚える。多くの人々が同様の思いでいることでしょうが。
 帰農塾とは私にとって心地よいアコースティックな音色を奏でてくれる空間です。時には炭酸飲料のようなスカッとしたデジタルな音もよいが、やはり、より多くの余韻を残すアコースティックな音色が良い。今回の帰農塾では、また表現のしようのない良い余韻をひきずる事が出来ました。来年また続きの余韻を聞きに参ります。


「里山帰農塾に参加して」
K.I

 今回、里山帰農塾に参加でき、ここで生活をしている方々の貴重なお話しがきけ、又様々な参加者の方々の考えを知る事が出来、大変有意義な時間をすごすことが出来ました。海と山のある田舎に移住を考えている私にとって鴨川にすんでいる方々にお会いできて大きな第一歩になりました。今度は家族を連れて来たいと思いますのでよろしくお願いいたします。


帰農塾に参加して(第四回目)
Y.T

 最後(4回目)の帰農塾となった。五月からそれぞれの季節を体験できた鴨川の里山は、都会からそんなに遠くない本当に自然豊かな素晴らしいところでした。
 最初は、定年後の次の新たな生活を田舎で暮らしてみたいとの漠然とした思いで参加した帰農塾であったが、食の安全と自給問題、環境問題、日本の地方の問題、農政の問題等、幅広い分野に対して問題意識を深めさせて頂き、回を重ねるごとに農的生活の重要性を強く感じるようになりました。また、大自然の恵みに感謝するとともに、この自然を将来にわたり破壊することなく守っていく必要性を痛感いたしました。
 そして加藤登紀子さん、高野孟さん、石田三示さん、甲斐良治さんをはじめ、田中さん、宮田さん、ちょうさん、ミツヲさん、小原さん、そしておいしい料理を提供していただいた石井さんなど多くのスタッフの皆様、さらにいろいろな動機で参加された塾生の方々と飲み語らい友好を深めることが出来たことは私にとって貴重な財産となりました。ありがとうございました。
 今後も鴨川自然王国とはいろいろな形でコンタクトを続けていきたいと思っています。
 皆様のご指導をよろしくお願いいたします。


気持ちのいい「くらし」
PN おやじ

 ここ数年、迷っている。子供が社会人となり、親としての勤めに目途がついたためか、はたまた、企業人としての将来にあまり魅力を感じなくなって来たためか、は不明である。男の更年期なのだろうか?理由は様々にあると思うが、要するにこれからの人生をどのように生きて行くか?を迷っている、思い悩んでいる訳だ。
 十数冊に及ぶ書物を読み、インターネットでの調査もした。何らかの糸口をつかむために東銀座の「ふるさと回帰支援センター」を訪ねた。結論は、まずは体験してみては!だった。すでに自然王国のことは知っていたので、まずは申し込む。ところが9月下旬の塾には期末の会社行事と重複して参加出来ず、今回やっと参加出来た。念願の帰農塾である。
 予想もしなかった刺激的な内容の座学、農業体験よりも参考になった。右に行くのか左に行くのかの大きな判断には、細かなノウハウよりも考え方が大切である。大いに勇気付けられたしだいだ。更に、十三人のメンバーもそれぞれに悩みや思いを持っており、ストレートな意見交換もできた。これも貴重な体験であった。
 別天地での三日間はあっと言う間に過ぎ、得られた結論は「気持ちのいい二地域移住」である。毎日ではなくとも精神の安定のために週のうちの二〜三日を田舎で気持ち良くくらす、これを目標に更に知識経験を深めてじっくりと目標を具体化させて行きたいと思っている。貴重な時間をありがとうございました。講師の皆様、そして楽しい参加者の皆さん。


「最初の一歩」
T.K

 農業体験は皆無に近い私が参加させて頂いたのは、六〇才を過ぎてからの第二の人生の展望を少しずつ準備しなくてはという思いからといえます。夫婦での参加ですが、私の方に農作業、農村生活に対する不安があり、ただ頭で思っているだけでは実際に続けていけるかどうか自信がなく、最初の一歩を踏み出せたら、と思って参りました。「やはりだめだ、と思わなければいい」という思いがありました。その点では一歩踏み出せたと思います。炭焼き、山仕事、玉ねぎ定植とそれぞれ今回参加させて頂いた仕事もそうですが、それまでの準備、そしてこれからの成育過程、収穫など考えますと、本当に大変な労働で生半可な気分ではできないと思いました。ただ皆さんと一緒にということもあって楽しかったことが私の中では大変大きなものでした。食事もおいしくいただき、気分も体調も良好で、地についた生活が、すこしではあれみえたような気がします。そして座学でのお話しも得るところが多く、交流会やそのあとでの皆さんとの会話が楽しいものでした。若い方々の真剣で前向きなご様子にも未来が明るい感じをもちました。
 玉ねぎのその後の様子にはやはり興味があります。その様子を見に来たいと思います。スタッフの皆様方のホスピタリティー、ご親切に心より感謝いたしております。


帰農塾三日間を終えて
Y.S

 今回の私の帰農塾でのテーマは「丁寧に暮らすとはどういうことか」を学びたいというものでした。民藝運動の勉強、作陶への未練、また現在の自分の日常を省みたいという思いを強めていたからです。三日間を通して、これからの自分のヴィジョンを描くとっかかりを得たかったのです。
 印象に残っている言葉があります。それは登紀子さんの言葉です。「世界を変えるのは難しいけど自分自身は変えられる。自分自身が変わると見える世界が変わる。」今回のどのお話、体験全てに則したことばだと思います。これからの日本の農政とか大きなことは言えませんが(いえ、決して考えていないわけではないのですが)いつか農的生活を営み、食べる物、水を自分の周りで完結する暮らしにシフト、いつでもできると自信を持たせてくれました。自分たち一人一人が少しずつ変わってゆけばよいことなのです。そしてそこにはお互い助け合うコミュニティが必要です。それも時間をかけてゆっくり築けばよいのです。マイナスな事が勃発しても、工夫してプラスに考えればよいことです。それが丁寧に生きる、という、ことだと気付けました。私は今まで、漠然と今の自分はまちがっている、動かなきゃと急いだりあせったりした考え方をしていました。が、ここにきて、あせっても仕方ない、農業は逃げていかないし、ゆっくり動けばいいんだと、改めてました。参加の皆さんスタッフの皆さん、時間をかけてここまで歩んでこられているお話をされました。とても、説得力があり、心にこびりついたいがいががほぐれてゆきました(土に触れ身体を動かし、生命育む活動をできたことも起因してるでしょう)。私は、あすからまた一歩進めます。二泊三日、盛りだくさんで全身で素敵なことを実感できたこと、嬉しく思っています。本当にありがとうございました。


祝☆二度目
E.H

 今回は、二度目の参加となり、前回の秋の時と同様に充実した三日間でした。
 特に今は自分にとって、将来を模索している時であり、半ば、その答えを探しての参加となりました。
 普段の生活から離れ、いろいろな人たちと話をしていくうちに考えはほぼまとまりつつあります。本当に来るべくして来たという感じで一杯です。これから追い求めて行くライフスタイルや社会との関わり方など、自分が思うようにやってみようと思います。
 都会でも田舎でもない千葉の土地で育ちましたが、夏休みには家族で両親の実家がある山形へ行った楽しい思い出がきっかけで田舎や自然に興味を持ち始めたのが五、六年前でした。こんなに身近で大好きな鴨川に王国を建国して下さった藤本敏夫さんを始め、関わっていらっしゃる方々にただひたすらに感謝いたします。
 本当にありがとうございました。そして、これからも末長く宜しくお願い申し上げます。


未来への答  2009.3.3 変更
PN 新羅津可

 イソップ物語の「アリとキリギリス」について、子供の頃(昭和40年代)に読んだ本の最後の場面は「親切なアリはキリギリスに食物を分けてやりました。」だった。最近の本屋で、イソップ物語を読んでみると、アリはキリギリスに対して「夏に遊んでいた報いだ」といって無視するストーリーになっているものが多い。ある学者が外国の本を調査した結果、ほとんどはこれと同様の無視タイプで、助けてやるタイプはスペインに一つだけあり、一番すごいのは、「アリはキリギリスが飢えて死ぬのを待って、その死体をも食べ尽くした」というものであったそうだ。「危機に備えていたものは生きる権利があり、備えていなかったものは死ぬ義務がある」ということだそうだ。どうも日本人の精神では耐えがたいが、それが世界の常識ということなのだろうか。
 いざという時に、誰かが助けてくれるのならば、遊んでいたほうがいいし、誰も働かなくなるし、さらに非常時に他人の物を奪うおそれもある。備えていなかった者に死ぬ義務を課さねば、社会の秩序が保てないという訳だそうだ。
 今の日本の食料自給率は、政府発表で39%、今のような肉や牛乳などをふんだんに食べるような現代の食事を前提としているものだが、昔のような、米やイモ中心の食生活ならば、どのくらいの率になるのか、実はよくわからない。100%あるのかないのか・・・。統計上日本には国民1人当たり約370uの農地が存在することになっている。しかし、この数字も農水省が推計したもので、実体はどうか、誰にもわからない。
 農家は田畑を持っていて、家族分の食料は確保できる。団塊の世代までは、その半数が農家出身で近い親戚に農家がいた。しかし、次の世代はほとんど都市生まれで、農業、農村と縁が切れている。農家に食料を生産し都市住民に供給する義務はない。さあ若者よ!危機にどう備えるか?鴨川自然王国にはその答えがある。



ウェルネスファーマーへの道
N.Y

 夏秋冬三回の帰農塾、参加者の皆さん、塾長初めスタッフの皆様のおかげで無事終了することが出来ました。本当にありがとうございました。
 世界平和。温暖化。人生とは、生きることとは。地球上に生きることの全ての、課題の解決策は帰農塾にあった。決して大ゲサでは無く心より想えて来ました。これからも何度と無く皆様に生きるパワーをいただきにまいりたいと思いますので今後ともヨロシク御願い致します。


知恵と知識
R.K

 最近の私の関心後とは、十七世紀ドイツの家父学、家政学と、二十世紀初頭のアメリカの家政学を家庭と地域の立場でつなぎ直し、それ自体が自己目的化してしまった経済学を歴史の中で相対化することにある。今回の帰農塾の討論の言葉で言えば、Iさんが言った「知恵」が家政学の範ちゅうに属する言葉であり、「知識」は経済学の範ちゅうということになろうか。また別の言い方をすれば、「知恵」とはともに畑や台所といった「現場」に立つことなしには引き継げないが、「知識」は共通の体験がなくとも引き継ぎ可能なもの、という言い方ができるかもしれない。Tさんが言った「農家の深さ」も、そうした知恵の集積、塊りである農家への畏怖から来る表現なのかもしれないと思った。
 こうした知恵への畏敬が、若い世代ほど強いのはなぜだろうかと思うし、そこにはまた希望も感じている。片品村の桐山三智子ちゃんのグッドマザープロジェクト、九州の森千鶴子さんの「暮らしの学校」も、知恵の引き継ぎの場として働き出したばかり。またいま、この時間に鹿児島、霧島市で開かれている「食の文化祭」もそうだ。
 これまで「帰農」の「帰」とは農に変えることだけではなく「コミュニティ」に帰ることだという言い方をしてきたが、「知識の世界」から「知恵の世界」に帰ることでもあると、付け加えてもよいかもしれない。
 そのことに気付かせてくれた塾生のみなさん、ありがとうございました。「鳴子の米プロジェクト」のDVD、ご家族やお仲間といっしょにご覧になってみてください。


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